昔、働いていた職場に、とても印象に残っている作家さんがいらっしゃいました。
その方は、東京藝術大学で教授をされている先生。
しかも、その先生の同期には、あの村上隆さんがいたそうです。
私はその頃、アートの世界について今ほど考えていなかったので、「すごい先生なんだな」くらいに思っていました。
でも、その先生が色鉛筆で描かれたフルーツパイやオウムの作品を実際に見てみると、とにかく上手い。
「これ、本当に色鉛筆で描いたの??」
と思うくらいリアル。ほんとに写真みたいです。
うちの母にも何も言わずに見せてみたら、私が言わなければ写真だと思ったそうです。
ところが、私はそこで少し不思議に思ったのです。
同じ時代に東京藝術大学で学んでいた人の中には、世界的に有名になった人もいる。
一方で、その先生は、知っている人は知っている、という感じ。
もちろん、世間的な知名度だけで画家の価値が決まるわけではありません。
有名だから優れているわけでもないし、無名だから価値がないわけでもない。
それでも私は、
「絵がものすごく上手いことと、世間でバズることって、別なんだな」
と、そのとき初めて実感しました。
特に東京藝大なんて日本中の絵が天才的に上手い人たちの集まりなわけですし。
「上手ければ認められる」とは限らない
子どもの頃って、なんとなく「上手くなれば褒めてもらえる」と思っていませんでしたか?
絵なら、上手な絵を描けば評価される。
勉強なら、いい点を取れば評価される。
仕事なら、真面目に頑張れば認めてもらえる。
私も、どこかでそんな感覚を持っていたように思います。
でも、大人になっていろいろ経験してみると、世の中はそんなに単純ではありません。
どれだけ技術があっても、それだけで多くの人に知られるとは限らない。
逆に、技術的な上手さだけでは説明できない何かで、人を惹きつける人もいる。
例えば、私が現在とてもお気に入りの作家さんがいます。
大変失礼を承知で言いますが、その方も「物凄く絵が上手い」というタイプではありません。
世の中には、もっと技術的に上手い人はいくらでもいると思います。
でも、その方の描く絵には、なんともいえない不思議な魅力がある。
どこか神秘的で、見ていると吸い込まれるような感じがするのです。
そして私も最近、ついにその方の作品をお迎えしてしまいました!
「もっと上手い人がいるのに、どうして私はこの人の絵がこんなに気になるんだろう?」
自分でも不思議です。
でも、たぶん、そこに答えがある気がします。
「上手い」と「人を惹きつける」は、必ずしも同じではない。
そして、
「上手い」と「この人にしか描けない」も、また別なのかもしれない。
「自分は絵がうますぎる」
さらに印象に残っているのが、その先生について聞いた話です。
その先生は、ご本人いわく、
「自分は絵がうますぎる」
と仰っていたそうです。
確かに、あの色鉛筆で描かれたリアルな作品を拝見したら、「上手すぎる」というのも納得です。
でも、自分で「上手すぎる」と自覚されているあたり、うまく描けない人からしたら、
「自慢か??」
「贅沢な悩みだな!」
と思うかもしれません(笑)。
でも、なぜかその言葉がずっと頭に残りました。
「絵がすごく上手い」は、普通なら最高の褒め言葉です。
それなのに、どうして私は少し引っかかったのだろう。
もしかしたら、「上手い」ということが、本人にとって単純に長所だけではなかったのかな。
真面目な性格ゆえに、村上さんみたいに、ぶっとんだ表現ができなかったのかな?
そんなことを勝手に想像してしまいました。もちろん、本当のところはご本人にしか分かりません。
真面目な人ほど、技術を磨くことに妥協しない。
「もっと上手く」「もっと正確に」「もっと完成度を高く」と追求していく。
そうして身につけた圧倒的な技術は、もちろん素晴らしいものです。
でも、もしかすると、真面目に技術を追求することと、「自分にしかできない表現」を突き詰めることは、少し違うのかもしれません。
技術を極めれば極めるほど、誰が見ても「上手い」と分かる。
でも、その先には、
「では、あなたは何を表現する人なのですか?作品を通して何を伝えたいのですか?」
という問いも待っている。
そんな気がします。
有名になることが正解ではない
もちろん、私は「有名になった人のほうが偉い」と言いたいわけではないし、世間に認められることが人生の正解だとも思いません。
たくさんの人に知られなくても、自分が納得できる作品を作り続けている人はいるし、身近な人に作品を届けることを幸せに感じる人もいる。
一生かけて、自分の表現を追求する人もいる。
とても素敵な生き方だと思います。
ただ、自分が「作品を誰かに届けたい」と思ったときには、少し話が変わってくる。
それは、絵を上手く描く技術だけではなく、
「なぜこれを描いているのか。」
「これを描くことで、自分は何を人に伝えたいのか。」
「これを描くことで、誰かを幸せにすることができるのか。」
そういうことを、制作していく上で常に頭の片隅に留めておくことが重要なのかもしれません。
そうして生み出していった作品は、作家がこれまで歩んできた人生や、考えてきたことが、作品を通して映し出されていくのではないでしょうか。
人の目を引き付ける作品は、そんな制作者の人生が自然とにじみ出ているのかもしれません。
私は「絵が上手い人」になりたいのか?
このことに気づいてから、私自身の絵に対する考え方も少し変わりました。
もちろん、絵は上手くなりたい。
技術も身につけたい。
自分の頭の中にあるものを、ちゃんと形にできるようになりたい。
でも、それだけではない気がします。
私は、単純に「絵が上手い人」になりたいわけではない。
それよりも、
「この人の作品だから見てみたい」
と思ってもらえる人になりたい。
自分が面白いと思ったこと。
日々感じたこと。
人生について考えたこと。
そういうものが、絵や文章になって出てきたら面白い。
そして、それを見た誰かが「なんか分かる」と思ってくれたら、それはとても嬉しい。
だから私は、ただ上手くなることだけを目標にするのではなく、
「私は何を描きたいのか」
「何を伝えたいのか」
「そして、それを誰に届けたいのか」
を、常に考えて制作をしていけたらな、と思います。
ここまで読んで下さりありがとうございました。





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